彗星の物理
第 3 章 物理的側面

Krishna Swamy

翻訳: 木下 大輔

2000 年 7 月 27 日

彗星ガスは太陽の輻射場にさらされている。それら二つの相互作用を理解する には、輻射に関する基礎的な法則とともに原子や分子の分光に関する知識も要 求される。ここでは後の章で彗星の観測結果を解釈するために使われる関係式 のいくつかを概観する。

黒体輻射

温度 $T$ の黒体 (すべての入射光を吸収する物体) により放射されるエネル ギーは波長の関数としてプランクの法則


\begin{displaymath}
B_{\lambda} d \lambda = \frac{2hc^2}{\lambda^5}
\frac{1}{e^\frac{hc}{\lambda kT} -1} d \lambda
\end{displaymath} (1)

により与えられる。ここで $h, k$ そして $c$ はそれぞれプランク定数 1 、ボルツマン定数 2 、光速 3 である。図 3.1 はいく つかの温度について式 (3.1) をプロットしたものである。温度が増加すると ともに曲線のピークが単波長側に移動していくのがはっきりと分かる。曲線の ピークに対応する波長 $\lambda_{max}$


\begin{displaymath}
\lambda_{max} T = 0.2897
\end{displaymath} (2)

という式により表される。これは ウィーンの変位則 と呼ばれているも のである。図 3.1 はまた、温度が高温から低温に変化するにしたがって輻射 される全エネルギーが紫外域から可視域、そして赤外域へとだんだんと移って いくことも示している。

輻射場のエネルギー密度 $u_{\nu}$ は、式


\begin{displaymath}
u_{\nu} = \frac{4 \pi}{c} B_{\nu} (T)
\end{displaymath} (3)

により $B_{\nu}$ と関係づけられる。全エネルギー密度は


\begin{displaymath}
u = \int u_{\nu} d \nu = aT^4
\end{displaymath} (4)

により与えられる。ここで $a$ は輻射の定数である。式 (3.4) は黒体輻射の エネルギー密度が温度の 4 乗に比例するという ステファン・ボルツマ ンの法則 として知られている。

理想気体の法則

入れもののなかの気体粒子は、絶えず他の粒子や入れものの壁面と衝突し合い、 結果として力を生じるが、それが圧力である。圧力は気体の密度と温度の関数 になっている。原子同士や分子同士の相互作用の無視できる理想気体の場合、 気体の圧力、密度、そして温度の間に簡単な数学的な関係がある。これは 状態方程式 と呼ばれる。理想気体の状態方程式は


\begin{displaymath}
p = nkT
\end{displaymath} (5)

で与えられる。ここで $p, n$ そして $T$ はそれぞれ圧力、密度、そして温 度である。

いくつかのお互いに反応しない粒子を含んだ気体の場合、全体の圧力は単純に それぞれの種類の気体粒子による分圧の和である。


\begin{displaymath}
P = \sum P_i = \sum n_i kT
\end{displaymath} (6)

解離平衡

ガスが低い温度になると、原子はお互いにくっついて分子を形成する。これら の分子は解離して原子に戻ることもある。反応と逆反応が互いに釣り合うと、 最終的に平衡状態に達する。そのような平衡状態では、与えられた温度で個々 の原子からいくつの分子が生成されるのかを計算することが可能である。

原子 $x$$y$ がくっついて二原子分子 $xy$ を形成することを考える。


\begin{displaymath}x + y \rightleftharpoons xy \end{displaymath}

平衡状態にある場合、次の関係が成り立つ。


\begin{displaymath}
\frac{p(x) p(y)}{p(xy)} = K(xy)
\end{displaymath} (7)

ここで $p(x), p(y)$ そして $p(xy)$ は、それぞれ $x, y$ そして $xy$ の 分圧である。 $K(xy)$ は反応の 平衡定数 または 解離定数 と 呼ばれているものである。平衡定数は温度と分子のさまざまなパラメータに依 存する。平衡定数は次のような形で得られる。


$\displaystyle \log_{10} K_{xy} (T)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \log_{10} \frac{p_x p_y}{p_{xy}}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle - \frac{5040.4 D}{T} + \frac{5}{2} \log_{10} T
+ \frac{3}{2} \log_{10} \frac{Q_x Q_y}{Q_{xy}}
+ 4.41405$ (8)

ここで $M$ は分子の換算質量で、 $x, y, xy$ の質量がそれぞれ $m_x, m_y,
m_{xy}$ である場合は


\begin{displaymath}\frac{m_{xy}}{m_x + m_y} \end{displaymath}

に等しい。 $Q$ は分配関数で、 $D$ は分子が解離するのに必要なエネルギー で、 解離エネルギー と呼ばれる。天文学的に興味深い多くの分子の場 合、すべての関連する分光学的なパラメータが既知であれば、式 (3.8) から 平衡定数を計算することができる。平衡定数は温度の関数なので、普通は計算 されたデータを適切な形の多項式表現でフィットする。

ドップラーシフト

発せられた輻射の周波数は光源と観測者の相対的な速度に依存する。この効果 は 視線速度 と呼ばれる観測者に向かう方向、または遠ざかる方向の速 度成分によってのみ生じる。そのような運動により生じる輝線の移動は ドップラー・シフト あるいは ドップラー効果 と呼ばれる。速度 $v$ で運動する光源により期待されるずれは


\begin{displaymath}
\frac{\Delta \lambda}{\lambda_0}
= \frac{( \lambda - \lambda_0 )}{\lambda_0}
= \frac{v}{c}
\end{displaymath} (9)

により与えられる。ここで $\lambda$$\lambda_0$ はそれぞれ観測される 波長と実験室での波長である。光源の相対速度は、観測者から離れていくとき に正にとり、観測者に近づいていくときに負にとる。前者の場合は波長は長波 長側にずれ、後者の場合は短波長側にずれる。輝線のずれの測定から、式 (3.9) を用いて光源の速度を決定することが可能である。ドップラー・シフト は天文学の広い範囲でさまざまな天体の相対速度を求めるために使われている。

分光

原子分光

原子の吸収と放射過程のボーアによる定式化は、輝線は不連続な量子数を持つ 電子のエネルギーレベルの間の遷移によって生じるというものである。二つの エネルギーレベル $E_1$$E_2$ により生じる放射の波長は


\begin{displaymath}
\lambda = \frac{hc}{E_2 - E_1}
\end{displaymath} (10)

により表される。エネルギーレベルの低い準位から高い順位へと遷移が起こる 場合、入射光のエネルギーは失われ 吸収線 が生じる。逆のプロセスが 起きるとエネルギーが放出される。これは 輝線 として知られている。

陽子のまわりにひとつの電子が存在する水素原子のエネルギー準位の図を図 3.2 に示す。エネルギー準位は量子数 $n$ によって決められ、量子数は $n =
1, 2, \cdots , \infty$ の値を取り得る。 ライマン系列 $n = 2,
3, \cdots , \infty$ から $n = 1$ への遷移により生じる。 $n = 2$ から $n = 1$ への遷移に対応するライマン $\alpha$ 線は、紫外域の 1216 $\AA$ の波長を持つ。この輝線は彗星では非常に強い。ほとんどの バルマー系 列 の輝線は可視域に存在する。 パッシェンブラケット な どの系列は赤外域にそのほとんどの輝線が存在する。

$n$ が大きくなるにしたがって、エネルギー準位はお互いに接近して、最終的 にはくっついてしまう。これらの最も高い準位からの遷移により連続光が生じ る。輝線の励起ポテンシャルとは輝線が励起されるのに必要なエネルギーのこ とである。ライマン $\alpha$ 線の励起ポテンシャルは 10.15 eV である。 イオン化ポテンシャル とは原子から電子を 完全に 引き離すた めに必要なエネルギーのことである。水素原子の場合、このエネルギーは 13.54 eV である。より多くの電子を持つ原子の場合、スペクトルは複雑にな る。しかし、さまざまな種類の遷移を考えなくてはならないというだけで、基 本的な考えは同じである。

原子のまわりの電子は軌道角運動量とスピン角運動量を持っているため、電子 は 3 つの量子数 $n, l, j$ により特徴づけられる。これらは 主量子数軌道角運動量子数全角運動量子数 を表す。 $l$$s$ がカップリングしているときの量子数 $j$


\begin{displaymath}j = l + s \end{displaymath}

と表される。ここで $s$スピン量子数 であり、電子のスピンを表 し、 $+ \frac{1}{2}$ または $- \frac{1}{2}$ の値をとる。多くの電子系の 場合、これらの量のベクトル和がとられなければならず、大文字 $L, S, J$ で表される。


\begin{displaymath}L = \sum l_i, S = \sum s_i, J = L + S \end{displaymath}

準位 $J$ は一般に $(2J + 1)$ 個の準位が縮退している。外部から磁場がか けられると、これらは縮退が解けて $(2J + 1)$ 個の準位に分かれる。 $L$ は 0, 1, 2, $\cdots$, $(n - 1)$ の値をとり、 S, P, D, F, $\cdots$ と表 される。 $S = 0, \frac{1}{2}, 1, \cdots$ の値は準位の 多重度 を 表し、輝線は シングレットダブレットトリプレッ ト などと呼ばれる。準位は一般に


\begin{displaymath}n^{(2S+1)} L_J \end{displaymath}

と書かれる。ここで $n$ は主量子数であり、 $(2S + 1)$ は多重度を表し、 $J$ は全角運動量、 $L$ は項のシンボルである。

一般に、さまざまな準位間の遷移はある 選択則 を満たさなければなら ない。電子双極子遷移の場合、選択則は

\begin{eqnarray*}
&& \Delta J = 0, \pm 1 \\
&& \Delta L = 0, \pm 1 \\
&& \Delta S = 0
\end{eqnarray*}


である (ただし $J = 0 \to J = 0$ を除く) 。双極子遷移が禁止されているよう な状況でも、磁気双極子や四重極子遷移は観測され得る。これらは 禁制線 と呼ばれる。禁制線の遷移確率は、 許された遷移 に比べて非常に小さい。 多くの禁制線がさまざまな天体物理現象で観測されるが、それはそれらの原子の 密度が低いからである。これらの禁制線の多くは通常の実験室の環境では普通観 測されない。禁制線は一般に角カッコにより表される。例えば、酸素の $\rm ^1
D$ 準位からの $\lambda = 6300 {\rm\AA}$ の禁制線は $\rm O[^1 D]$ と表さ れる。原子が中性の場合、 $\rm OI$$\rm NI$ のように $\rm I$ が化学記号 の後ろにつけて表される。記号 $\rm I\!I, I\!I\!I, \cdots$ は一価のイオン、 二価のイオン、 $\cdots$ を表し、 $\rm N I\!I, N I\!I\!I$ のように使う。

分子分光

多くの二原子分子や複雑な分子が太陽や低温度星、彗星のような天体に含まれ ている。二原子分子の二つの原子が同じものである場合は 等核分子 と 呼ばれる。 $\rm H_2, N_2, O_2$ などがその例である。 CN, CH, OH のよう に二つの原子が異なる種類の場合は 異核分子 と呼ばれる。もっとも単 純な二原子分子のスペクトルでさえ、異なるいくつかのバンドによる複雑な振 る舞いを見せ、そのバンドそれ自体も多くのラインから構成される。このこと は、分子を構成する二つの原子が common axis (二つの原子を結ぶ方向) に沿っ て独立に振動し、 common axis に垂直な軸に対して回転するという事実によ る。分子の全エネルギーは電子と原子核の運動エネルギーとポテンシャルエネ ルギーの和である。これは一般に核間距離の関数としてのエネルギーの変化を 与えるポテンシャルエネルギーの曲線として表される (図 3.4) 。安定な分子 を構成する原子に分けるのに必要なエネルギーを 解離エネルギー と呼 ぶ。分子のさまざまな振動エネルギーは 振動量子数 $v$ により表され、 $v$ は 0, 1, 2, $\cdots$ の値を取り得る。それぞれの振動準位はさらにさ まざまな回転準位に分かれ、回転準位は回転量子数 $J$ で表される。したがっ て、それぞれの電子状態は多くの振動準位を持ち、図 3.3 に示すようにその それぞれがいくつかの 回転準位 を持つ。遷移は二つの電子状態の振動、 回転準位の間で可能である。分子の全エネルギー $E$ は電子エネルギー $E_{el}$ 、振動エネルギー $E_{vib}$ 、回転エネルギー $E_{rot}$ の和と して表現される。


\begin{displaymath}
E_{total} = E_{el} + E_{vib} + E_{rot}
\end{displaymath} (11)

各項のエネルギーは


\begin{displaymath}E_{el} > E_{vib} > E_{rot} \end{displaymath}

となっている。電子遷移は可視域と紫外域に位置するラインを与え、回転遷移 は赤外域や遠赤外域に位置する。分子の振動エネルギーは次のように表現され る。


$\displaystyle G(v)hc$ $\textstyle \equiv$ $\displaystyle E_{vib}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle hc \omega_e \left ( v + \frac{1}{2} \right )
- hc \omega_e x_e \l...
...{1}{2} \right )^2
+ hc \omega_e y_e \left ( v + \frac{1}{2} \right )^3
+ \cdots$ (12)

ここで $\omega_e, \omega_e x_e, \omega_e y_e$ は分子の分光定数である。

回転エネルギーは次のような形で表現される。


$\displaystyle F(J)hc$ $\textstyle =$ $\displaystyle E_{rot}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{h^2}{2 \pi^2 I} J(J+1)$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle hcBJ(J+1)$ (13)

ここで、 $B = [h/(8 \pi^2 cI)]$ であり、 $J$ は回転量子数で 0, 1, 2, $\cdots$ の値を取り得る。 $I$ は分子の回転モーメントである。 $B$ は分 子の 回転定数 と呼ばれる。すべての低い電子準位 ($T''$) の量子数 は $v''$$J''$ のようにダブル・プライム ($''$) で表され、一方低い準 位 ($T'$) は $v'$$J'$ のようにプライム ($'$) で表される。したがっ て、二つの電子状態の間の遷移の波数 ($\rm cm^{-1}$) は


\begin{displaymath}
\nu = \frac{1}{hc}
\left \{ \left [ E_{el}(T') - E_{el} (...
...t ]
+ \left [ E_{rot}(J') - E_{rot} (J'') \right ]
\right \}
\end{displaymath} (14)

で与えられる。

分子の電子状態の分類は、原子に対して用いたものと似た手法に基づいている。 $L$ 、例えば $(L_1 + L_2)$$S$ 、例えば $(S_1 + S_2)$ は、分子の二 つの原子の全角運動量である。分子の軸への投影が $\Lambda$$\Sigma$ として表される。 $\Lambda$ $0, 1, 2, \cdots, L$ の値を取り得る。こ れらの状態を表すのに用いられる符号は

$\Lambda =$ 0 1 2 3 $\cdots$  
  $\Sigma$ $\Pi$ $\Delta$ $\Phi$ $\cdots$ 分子の 場合
(参考) S P D F $\cdots$ 原子の場合

である。全角運動量 $\Omega$


\begin{displaymath}\Omega = \Lambda + \Sigma \end{displaymath}

により与えられ、これは原子の場合の量子数 $J$ に似ている。電子遷移の選 択則は

\begin{eqnarray*}
\Delta \Lambda &=& 0, \pm 1 \\
\Delta \Sigma &=& 0 \\
\Delta \Omega &=& 0, \pm 1
\end{eqnarray*}


である。任意の二つの電子状態間の遷移は関連する二つの状態の回転振動構造 により決定される。振動量子数に関しては選択則はないので、二つの電子状態 の任意の二つの振動準位間で遷移は起こり得る。二つの電子状態間の純粋な振 動遷移は バンド と呼ばれ、 $(v', v'')$ と表される。エネルギーの 高い準位の量子数が先に書かれる。したがって、例えば (2, 0) はエネルギー の高い振動準位 $v'' = 2$ からエネルギーの低い振動準位 $v'' = 0$ への遷 移を表す。与えられた電子状態での純粋な振動遷移は異核分子では許されるが、 $\rm C_2, N_2$ などの等核分子では禁止されている。

それぞれの振動バンドは、さらに数多くの回転遷移に分けられる。回転量子数 についての選択則は


\begin{displaymath}\Delta J = J' - J'' = 0, \pm 1 \end{displaymath}

で与えられる。しかし、 $\Lambda = 0$ の場合は $\Delta J = \pm 1$ だけ が許される。したがって、回転遷移は $\Delta J = -1, 0, +1$ に対応する P, Q, R ブランチという 3 つのラインを持つ (図 3.3) 。

振動バンドのなかの回転のラインは一般に低分散スペクトルでは分解されず、 その結果として混じり合ってしまう。より高い波長分解能では分解され得る。 いくつかの分子では、振動量子数が同じ数だけ大きい方と小さい方に変化する ような電子遷移があり、非常に近い波長を持っている。これらのバンドも分解 されず、 バンド系列 (band-sequences) と呼ばれる混じり合っ た特徴を持つ (図 3.3) 。例えば、 $\rm C_2$ 分子の $\Delta v = 0$ のス ワンバンドは $\lambda = 5165 \AA$ あたりにある (図 4.1) 。バンド系列か らそれぞれのバンドを分離するには、より高い分解能が必要になる。回転構造 を分解するには、さらに高い分解能が必要である (図 5.10) 。

原子の場合と同じように、分子の状態は


\begin{displaymath}Z^{(2S+1)} \Lambda_{\Omega} \end{displaymath}

と書かれる。ここで、 $Z$ は電子状態の符号、 $(2S + 1)$ は縮退度で $S$ は 電子スピン、 $\Omega$ は全角運動量、 $\Lambda$$\Sigma, \Pi$ のよう な記号である。典型的にはバンドシステムの符号は次のように与えられる。 CN システムの $(B^2 \Sigma - X^2 \Sigma)$ や、 $\rm CO^+$ システムの $(A^2 \Pi - X^2 \Sigma)$ などといった具合である。

同位体の効果

原子番号は同じだが異なる質量を持つ原子を含む二原子分子のラインは分離す る。これは 同位体シフト として知られている。二つの同位体分子の周 波数の違いは、二つの分子の換算質量の違いによって生じる。同位体分子と通 常の分子の分光定数は次のような関係を持つ。


$\displaystyle \omega_e (i)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \rho \omega_e$  
$\displaystyle \omega_e x_e (i)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \rho^2 \omega_e x_e$  
$\displaystyle \omega_e y_e (i)$ $\textstyle =$ $\displaystyle \rho^3 \omega_e y_e$ (15)

ここで


\begin{displaymath}\rho = \left [ \frac{\mu}{\mu (i)} \right ]^\frac{1}{2} \end{displaymath}

であり、 $\mu$ は分子の換算質量を表す。ずれの量は質量の比と振動量子数 $v$ の値に依存する。エネルギーの式の第一項だけを考える場合、同位体シフ トは


\begin{displaymath}
\Delta \nu_{shift} = ( 1 - \rho ) \left [ \left ( v' +
\fr...
...a_e' - \left ( v'' + \frac{1}{2}
\right ) \omega_e'' \right ]
\end{displaymath} (16)

で与えられる。つまり、同位体シフトは $(1 - \rho )$ の関数となっている。 この値が 1 から離れるにしたがって、ラインのシフトは大きくなる。 $(1 - \rho )$ の符号がシフトのタイプを示す。負の符号は短波長側へのシフトを意 味する。例えば、 $\Delta v = +1$ のスワン・バンドの (1, 0) は $\rm
^{12}C$ の場合は 4737 $\AA$ であるが、 $\rm ^{13}C$ の場合は 4745 $\AA$ となる。

同位体の質量の違いは回転定数 $B$ にも影響を与える。回転準位は


\begin{displaymath}
F^i (J) = \rho^2 B J(J+1)
\end{displaymath} (17)

となる。したがって、同位体による効果は分子の回転遷移でも見られる。

フランク・コンドン因子

分子のタイプによって電子遷移はさまざまな強度分布を持つ。例えば、ある分 子は (0, 0) の遷移が最も強いが、他の分子の場合は最も強いラインが $(v', v'')$ であるという具合である。観測される強度分布の違いは フランク・ コンドン原理 により理解することができる。基本的な考えは次の通りである。 電子のある電子状態から別の電子状態への量子論的なジャンプは、任意の振動 準位の極小点で優先的に起こる。これは極小点で電子が過ごす時間に比べて、 極小点間を移動する時間がはるかに短いためである。遷移後の相対的な位置や 速度は遷移前と変わらない。エネルギーの高い状態 $v'$ で遷移が起こったと すると、遷移後のエネルギーの低い状態の量子数は二つの状態のポテンシャル 曲線の形とそのポテンシャル曲線上の場所に依存する。図 3.4 は 2 つの状況 について示してある。ポテンシャル曲線の極小値が二つの状態でほとんど同じ 場合と、 $r$ だけずれている場合である。フランク・コンドンの原理による と、最初の状況の場合 (0, 0) の遷移が最も強い。二つ目の場合、最も強いラ インはより高い値 $v'$ のときである。輝線の場合、 $v''$ は二つ存在する。 図 3.4 では B と D に対応し、このとき強度が最大になる。最も強いバンド の軌跡は コンドン放物線 と呼ばれる放物線になる。ポテンシャル曲線 が既知ならば、コンドン放物線を理論的に計算することが可能である。フラン ク・コンドン因子は電子遷移についての各バンドの相対強度を知る手段となる。

輝線強度

erg/sec で定義される輝線の強度は


\begin{displaymath}
I_{21} = N_2 A_{21} h\nu_{21}
\end{displaymath} (18)

により与えられる。ここで、 $N_2$ は状態 2 にある分子の数、 $\nu_{21}$ は状態 2 から状態 1 への遷移に伴う放射の周波数である。 $A_{21}$アインシュタイン係数 で、状態 2 から状態 1 への自然放射の遷移確 率を表す。自然放射は外部からの影響がまったくなくても起こる。アインシュ タイン係数は line strength $S_{21}$ と呼ばれるパラメータを用いて


\begin{displaymath}
g_2 A_{21} = \frac{64 \pi^4 \nu_{21}^3}{3hc^3} S_{21}
\end{displaymath} (19)

と表現される。ここで、 $g_2$ は上の準位の 統計的重率 または 縮退度 である。他の量は通常の意味である。状態 2 の平均寿命は


\begin{displaymath}
\tau_2 = \frac{1}{A_{21}}
\end{displaymath} (20)

で与えられる。ここでさまざまな種類の遷移について $\tau$ がどの程度のオー ダーの量なのかを見ておくことは意味のあることである。電子遷移の場合は $\tau \sim 10^{-8}$ sec である。振動遷移の場合は $\tau \sim 10^{-3}$ sec で、回転遷移の場合は $\tau \sim 1$ sec である。アインシュタイン係 数 $B_{12}$$B_{21}$ は吸収と制動放射の遷移確率を表し、


\begin{displaymath}
g_2 B_{21} = g_1 B_{12} = \frac{8 \pi^3}{3 h^2} S_{21}
\end{displaymath} (21)

で与えられる。分子輝線の total line strength $S_{21}$ は電子遷移、 振動遷移、回転遷移の積で表される。


\begin{displaymath}
S_{21} = S_{el} S_{vib} S_{rot}
\end{displaymath} (22)

一般に固有関数 $\psi'$$\psi''$ で表される二つの状態間の遷移確率は


\begin{displaymath}
R = \int \psi' \mu \psi'' dr
\end{displaymath} (23)

と表される。ここで $\mu$ は双極子モーメントである。 $R^2$ が遷移確率に 比例する。通常、 $S_{el}$$S_{vib}$


\begin{displaymath}
(S_{sl} S_{vib}) \equiv S_{el}^{vib}
= \left \vert \int \psi_{v'} R_e \psi_{v''} dr \right \vert^2
\end{displaymath} (24)

のように書かれる。ここで $R_e$電子遷移モーメント と呼ばれる。 $\psi_{v'}$$\psi_{v''}$ は振動状態 $v'$$v''$ の固有関数である。 $R_e$ それ自身は


\begin{displaymath}
R_e = \int \psi_e' \mu_e \psi_e'' d\tau_e
\end{displaymath} (25)

という形で定義される。ここで、 $\psi_e$ は電子の波動関数で、 $\mu_e$ は電子の電気双極子モーメントである。一般に電子の波動関数 $\psi_e$ は核 間距離 $r$ にも依存する。したがって、 $R_e$$r$ にも依存することに なる。しかし、 $r$ による $R_e$ の変化は遅いので、その変化は無視される ことが多く、 $R_e$ はその平均値 $\bar{R}_e$ で置き換えられる。したがっ て、式 (3.24) は


\begin{displaymath}
(S_{sl} S_{vib})
= \bar{R}_e^2 (\bar{r}_{v'v''})
\left \vert \int \psi_{v'} \psi_{v''} dr \right \vert^2
\end{displaymath} (26)

となる。ここで $\bar{r}_{v'v''}$r-centroid と呼ばれ、バンド $(v', v'')$ に対応する典型的な核間距離であり、


\begin{displaymath}
\bar{r}_{v'v''}
= \frac{\int \psi_{v'} r \psi_{v''} dr}{\int \psi_{v'} \psi_{v''} dr}
\end{displaymath} (27)

で与えられる。式 (3.26) の二つの振動状態の波動関数の積の積分は 重 なり積分 (overlap integral) と呼ばれ、一般に $(v', v'')$ バンド の フランク・コンドン因子 と呼ばれる。したがって、式 (3.26) は


\begin{displaymath}
S_{el}^{vib} = \bar{R}_e^2 (\bar{r}_{v'v''}) q_{v'v''}
\end{displaymath} (28)

となる。ここで


\begin{displaymath}
q_{v'v''} = \left \vert \int \psi_{v'} \psi_{v''} dr \right \vert^2
\end{displaymath} (29)

である。これらを用いると式 (3.22) は


\begin{displaymath}
S_{21} = \bar{R}_e^2 (\bar{r}_{v'v''}) q_{v'v''} S_{rot}
\end{displaymath} (30)

となる。電子遷移モーメント $\bar{R}_e^2$ は r-centroid に関係し、 $S_{rot}$ヘルン・ロンドン因子 として知られる。式 (2.29) は、 基本的に分子輝線の全強度は電子遷移モーメント、フランク・コンドン因子、 ヘルン・ロンドン因子という三つの量の積により与えられるということを示し ている。

電子遷移モーメントの値は理論的に計算することが難しいので、基本的に実験 室でのライン強度の測定から得ることになる。さまざまなバンドのライン強度 の測定から基礎的なデータを引き出すために世界中の多くの実験室で膨大な労 力が払われてきた。しかし、データはまだまだ不足している。そのため多くの 場合、電子遷移モーメントとして平均した値や概略値を使うことになる。

フランク・コンドン因子は、振動準位の波動関数を使って計算することができ る。波動関数はシュレディンガー方程式の解として得られる。そのためにはポ テンシャル $U(r)$ が扱いやすい数学的な形で表現されなければならない。ポ テンシャル曲線の表現にはさまざまなものがある。よく知られた関数に モース関数 (Morse function) がある。非常にシンプルで扱いやすい ため、多くの文献で使われている。しかし、すべての場合で正確にポテンシャ ルを表すわけではない。そのため、ポテンシャルを表す他の表現も提案されて きた。最近、よく使われるようになってきたのは RKR ポテンシャル と して知られているもので、このポテンシャルを提案した Rydberg, Klein, Rees の名前をとって名付けられている。この方法では実験室で測定された振 動準位と回転準位の個々の値からポテンシャル曲線を構築する。この方法で得 られたポテンシャル曲線はモース・ポテンシャルによる表現よりもずっと良い 場合が多い。この方法の利点は実験的に決定された量を用いている点である。 しかし、不利な点もあり、それは実験データの質がよくないことがあることと、 加えてこの方法は取り扱いが非常に難しいことである。多くの人が与えられた 入力パラメータから $q_{v'v''}$ $\bar{r}-centroid$ を評価するプログ ラムを書いている。天体物理で興味深い多くの分子については $q_{v'v''}$ の値は文献に載っている。

一方、回転遷移のラインの強さに関しては理論から計算しなくてはならない。 これは分子の構造、結合の種類、遷移の種類などに依存する。最近までヘルン・ ロンドン因子の定義と規格化について多くの誤解があった。これらはいくつか の仕事によって明確にされた。ヘルン・ロンドン因子の表現はいくつかの興味 深いケースについて評価されていて、文献にも載っている。計算を行ってくれ るプログラムも書かれている。

実験室で測定されたライン強度から直接にアインシュタインの A 係数や oscillator strength $f$ を評価することも可能である。これらの量を測定す るさまざまな手法が使われてきた。しかし測定は困難で、これまでの測定はあ まり多くない。データがある場合でも、装置や測定者が異なるデータは結果が 一致しない場合がある。したがって、計算された値とともに実験室での測定結 果を使う必要がある。

ボルツマン分布

ライン強度の計算は、異なる励起状態における原子や分子の相対な数を必要と する。すべての反応と逆反応が釣り合っている熱平衡状態では、さまざまな準 位に存在する原子や分子の分布 (停在数分布) は ボルツマン分布 によ り表される。エネルギーの差が $\epsilon_{12} = E_2 - E_1$ である二つの 離散状態 1 と 2 の間の停在数分布は


\begin{displaymath}
\frac{n_2}{n_1}
= \frac{g_2}{g_1} e^{- \displaystyle \frac{\epsilon_{12}}{kT}}
\end{displaymath} (31)

と表される。ここで $g_1$$g_2$ は二つの準位の 統計的重率 で、 原子の場合は


\begin{displaymath}g(J) = 2J + 1 \end{displaymath}

に等しい。ここで $J$ は全角運動量量子数である。この表現は与えられた温 度について異なる準位の停在数分布を計算するのに使われる。逆に、二つ以上 の準位の停在数が求められると、励起温度を決定することが可能である。

$\bf\Lambda$-Doubling

太陽輻射

太陽風

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彗星の物理
第 3 章 物理的側面

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